東京地方裁判所 平成9年(ワ)6169号 判決 1999年1月25日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (原告N)
被告富士銀行及び被告富士銀クレジットは、原告Nに対し、原告Nの被告富士銀行に対する平成元年三月二九日付け金銭消費貸借契約に基づく債務が金三六六二万二六〇〇円を超えて存在しないことを確認する。
2 (原告テスタ)
被告共買機構は、原告テスタに対し、原告テスタの被告富士銀行に対する平成元年三月二九日付け金銭消費貸借契約に基づく債務が金一二八六万七四〇〇円を超えて存在しないことを確認する。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (原告N)
被告富士銀行は、原告Nに対し、同原告と同被告間の平成元年三月二九日付け二億二〇〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく貸金債権を有していると主張し、被告富士銀クレジットに対し、原告Nと同被告との間の保証委託契約に基づき行った債務保証の実行を求める意向を表明している。
2 (原告テスタ)
被告共買機構は、原告テスタに対し、同原告と被告富士銀行間の平成元年三月二九日付け八〇〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく貸金債権を同被告から譲り受けて有していると主張している。
3 よって、原告Nは、被告富士銀行及び被告富士銀クレジットに対し、本件貸金債務が三六六二万二六〇〇円を超えて存在しないことの、原告テスタは、被告共買機構に対し、本件貸金債務が一二八六万七四〇〇円を超えて存在しないことの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 (被告富士銀行及び被告富士銀クレジット)
請求原因1は認める。
2 (被告共買機構)
請求原因2は認める。
三 抗弁
1 (被告富士銀行及び被告富士銀クレジット)
被告富士銀行は、原告Nに対し、平成元年三月二九日、二億二〇〇〇万円を次の約定で貸し付けた。
弁済方法 三五七回に分割し、平成元年六月以降平成三一年二月まで毎月末日限り、一二五万二七一九円を元利均等で返済
2 (被告共買機構)
(一) 被告富士銀行は、原告テスタに対し、平成元年三月二九日、八〇〇〇万円を次の約定で貸し付けた。
弁済方法 一一八回に分割し、平成元年六月以降平成一一年三月まで毎月末日限り、八八万三一八八円を元利均等で返済(ただし、平成四年一月七日、残金の返済方法を八二回に分割し、平成四年六月以降平成一一年三月まで毎月末日限り、九三万九六九三円を元利均等で返済することに変更した。)
(二) 被告共買機構は、平成七年一月三一日、被告富士銀行から右(一)の貸金返還請求権を譲り受けた。
四 抗弁に対する認否
1 (原告N)
抗弁1は認める。
2 (原告テスタ)
抗弁2の(一)及び(二)は、いずれも認める。
五 再抗弁(原告ら)
1 保護義務違反による権利濫用
(一) 被告富士銀行の本件貸付は、同被告が別の顧客から売却を依頼された次の不動産(以下「本件不動産」という。)を原告らに購入してもらう際の購入代金に充てる目的で融資されたものである。
売主 T、E
買主 原告N 持分一〇〇分の七四
原告テスタ 持分一〇〇分の二六
目的物件 東京都千代田区麹町<略>
鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付一四階建
共同住宅 <略>
家屋番号 九段南<略>
床面積 一二階部分八六・五五平方メートル
敷地権並びに駐車場付建物区分所有権
売買代金 三億一〇〇〇万円
(二) 被告富士銀行は、昭和六三年六月下旬ころ、原告Nに対し、本件不動産購入の話を持ちかけ、これに終始消極的であった原告らに対し、融資を受けるよう積極的に働きかけ、原告らとしては借り入れる必要がない上、返済に自信がなかったにもかかわらず、借り入れをさせられたものである。
その間、被告富士銀行から原告らに対する働きかけは、昭和六三年七月一一日から同年一二月一四日までの六か月の間に、合計三〇回以上にも及び、異常なほどに執拗であった。
(三) 被告富士銀行の原告らに対する本件貸付額は、合計三億円であるが、これは、担保となる本件不動産の売買価額にわずかに足りない額であり、通常の融資が担保物価額の七〇パーセントまでとする基準を超えている。
(四) 原告Nの経営する原告テスタ及び訴外株式会社クレディック(以下「訴外会社」という。)は、本件貸付当時、売上高が減少する反面、借入金が増加する傾向にあった。被告富士銀行は、その事実を知っており、原告らの返済が無理であるのを承知しながら、原告らの返済能力を無視して本件貸付を実行したものである。
(五) 本件不動産の現在の時価は四九四九万円であるところ、これを原告らの持分に応じて按分すると、原告Nが三六六二万二六〇〇円、原告テスタが一二八六万七四〇〇円となる。
(六) ところで、被告富士銀行は、その公共性の立場に基づき顧客の信頼と信用を存立の要件としている金融機関であるから、融資の実行にあたり、借主に損害を与えないよう配慮すべき保護義務が認められる。その具体的義務の内容は、過剰融資をしてはならず、借主の返済能力を適正に評価する義務、特に本件のような不動産購入を目的とする提案型融資においては、提案内容の説明について協力する義務、不動産を担保にする場合の目的物の適正評価義務等である。そして、金融機関が右の保護義務に違反して融資をした場合には、借主の返済能力を超えた部分については、返済を求める権利を失うか、これを求めることは権利の濫用として許されないものと解すべきである。
(七) 右(一)ないし(五)の事実によれば、被告富士銀行は(六)の保護義務に違反したものというべきであるから、担保としての不動産の価額を超えた部分の債務については、返済を求める権利を失うか、これを求めることは権利の濫用として許されない。
2 付随義務不履行による損害賠償請求権を自働債権とする相殺
(一) 被告富士銀行は、本件貸付にあたり、原告らとの間で、原告らの本件借入金の返済が不能となった場合には、被告富士銀行が本件不動産の売却の斡旋又は仲介をし、返済不能の債務額に見合った価額での処分を実現し、その代金をもって原告らの借入金の清算を行うという特約をした。
(二) 原告らの本件借入金の返済は、平成五年三月をもって不能となったが、同被告は右(一)の特約に基づく債務を履行しなかった。
(三) 被告富士銀行の右不履行のため、原告らは、本件貸付金の同被告に対する残債務に相当する金額の損害を被った。
(四) 原告Nは、被告富士銀行に対し、平成九年九月八日の本件第三回口頭弁論期日において、右損害賠償請求権を自働債権として、同被告の本件貸金請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(五) 原告テスタは、被告共買機構に対し、右同様、被告富士銀行に対する損害賠償請求権を自働債権として、同被告の譲受債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
3 物的有限責任論
(一) 銀行は、公共性の原則によって、借主の返済能力がその限度を超えない範囲に与信をとどめておくように配慮するとともに、借主側の万一の事態に備え、借主のためにも担保不動産を適正に評価して、借主が過剰債務を負い、経済的に破綻しないよう予防することが求められる。したがって、担保価格との関連を著しく無視した与信は、過剰与信として、銀行の公共性に違反することとなり、銀行はこれによって生ずる不利益を借主に負担させることはできないものと解すべきである。
(二) また、被担保債務と密接に関連するものを担保にとる有担保融資においては、債権者からの債務履行請求に対し、債務者の責任を当該担保物の価格の範囲内に限定するという見解が有力である。
(三) したがって、いずれの考えによっても、原告らの被告らに対する債務は、本件不動産の評価額に限定され、原告らは、被告らに対し、それ以上の債務を弁済する義務はない。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の各事実は否認し、主張は争う。
2 同2の(一)ないし(三)は、いずれも否認する。
3 同3の(一)ないし(三)は、いずれも争う。
理由
一 請求原因事実及び抗弁事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、再抗弁1について判断する。
1 <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告富士銀行麹町支店渉外第二グループ課長代理であったM(以下「M」という。)は、昭和六三年三月ころ、不動産の仲介、売買などを業とする訴外会社に出入りするようになり、同年五月ころ、訴外会社の社長であり、建築の設計監理を業とする原告テスタ及び建築設計、内装の請負等を業とする訴外株式会社ディ・クォーレの代表者でもあって、一級建築士の資格を有する原告Nと知り合った。
(二) 当時、原告テスタ及び訴外会社の経営は順調であり、原告Nは、両者等から相当の給与所得を得ており、昭和六一年分の確定申告における給与所得の額は、約五五〇〇万円、昭和六二年分のそれは、約七二五〇万円であり、同原告の妻であるDの昭和六二年分の確定申告における給与所得の額は、約二二七〇万円であった。被告富士銀行は、両会社と当座貸越契約を締結し、原告テスタは、昭和六三年九月に債権極度額三五〇〇万円の、平成元年八月に同二〇〇〇万円の各根抵当権設定登記を経由した。また、訴外会社は、昭和六一年七月一日から昭和六二年六月末日までの決算期の間に、東海銀行から不動産購入のために四億円近い融資を受けたことがある。
(三) Mは、同僚のKから本件不動産が売りに出ていることを聞き、同じマンションに居住する原告Nにこれを紹介しようと思い、Kに対し、その不動産情報については、他に流さないよう依頼し、Kもこれを了承した。Mは、昭和六三年七月ころ、同原告と面談し、本件不動産を紹介した。これに対し、同原告は、本件不動産が同原告の居室と上下で隣接していることや駐車場の権利付であることなどから、非常に興味を示した。
(四) Mは、その後、訴外会社及び原告テスタに対する融資の件、不動産の開発に関する情報交換、不動産有効活用に関する取引先の紹介等のために、しばしば原告N方を訪問したり、電話で連絡した。その回数は、同年末までの間に、訪問が九回、電話が約四〇回に達した。そして、被告富士銀行は、同年九月ないし一〇月ころ、二回にわたり原告テスタに対し、運転資金を融資したほか、訴外会社に対しても融資した。
(五) 原告Nは、当初より本件不動産の価格としては当時の相場であり、相当であったが、そのための借入金がかなりの多額となることや不動産市況の先行きの見通しに対する不安から、購入の決断ができずにいた。
これに対し、Mは、三億円の融資が可能であること、金利も通常の融資よりも多少低くできること、成約になれば、継続的に有力な不動産情報の提供(例えば二、三年以内に東京近辺に自社ビル一〇棟の建設の予定があることや麹町地区の地権者情報の提供等)が可能であることなどを提案し、互いの発展のために是非承諾賜りたいなどと懇願するなどして原告Nを説得した。さらに、Mは、原告Nに対し、融資は間違いなく全額行える、返済があぶなくなった場合は、売却すればよい、その場合は、全面的に協力する旨を申し述べたので、原告Nは本件不動産の購入を決断するに至った。
(六) Mは、同年一〇月ころ、原告Nに対し、買付証明を出すよう要請し、同原告は、同年一一月一六日訴外会社名義で本件不動産を訴外会社又は原告Nが買い受けることを確約する、売買価格は総額三億一〇〇〇万円とする、契約時期は昭和六四年二月一五日から同月二〇日とすることなどを内容とする訴外会社名義の買付証明書を作成し、これをMに交付した。
(七) 原告らは、平成元年三月二九日本件不動産についての売買契約を締結するとともに、被告富士銀行から本件貸付を受けて、これをその代金に充当した。また、原告らは、同年四月一五日、本件不動産の原告Nの持分につき、被告富士銀クレジットのため債権額二億二〇〇〇万円の抵当権設定登記を、同日、原告テスタの持分につき、被告富士銀行のため債権極度額八〇〇〇万円の根抵当権設定登記をそれぞれ経由した。
(八) 原告らは、転売を目的として本件不動産を一年半ほど空き家状態としていたが、その後、不動産価格の値下がり状況から転売の見通しがつかなかったことから、賃貸物件として利用するようになった。なお、原告テスタは、平成四年一月にも被告富士銀行からマンション購入資金として六〇〇〇万円余の融資を受けたことがある。原告らの本件借入金の返済は、平成五年三月をもって困難となった。
以上の事実が認められ、<証拠略>中、右認定に反する部分は、容易に採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
2 ところで、金融機関が融資先を開拓し、顧客に融資を勧誘する行為それ自体は、金融機関の正当な業務行為の範囲内に属する行為とみるべきであるから、現実に借主が借金の、返済をすることが不能の状態に陥り、結果的にみれば借主の返済能力を超えた貸付行為がされた場合であっても、それだけでは金融機関の行う借主に貸付金の返済を求める行為が権利の濫用となるものではないことは明らかというべきである。そして、金融機関が貸付金の返還を請求する行為が権利の濫用となるか否かは、借主の地位、経験、資産状況、貸付の目的、貸付金の額、金融機関の職員がことさら虚偽の情報を提供して詐欺的な勧誘を行い、これが借主の申込みに動機付けを与えたか否かなどの勧誘の態様、借主側の借り入れに至った経緯、返済不能に至った原因、金融機関が担保を取ったか否かなどの担保の有無、内容、その後の債権管理の状況など諸般の事情を総合勘案し、金融機関が当該貸付金の返還を請求することが著しく信義則に反するような特段の事情が存するか否かを基準として判断すべきであり、このような特段の事情の存する場合にはじめて、権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。
3 これを本件についてみるに、前記1認定の事実によれば、原告Nは不動産の売却、仲介を目的とする会社を複数経営する一級建築士であり、様々な不動産情報を一般の個人よりはるかに入手し易い立場にあり、本件以外にも不動産取引のための融資申込みの経験があること、本件貸付金額が当時の原告らの資産収入と比較して極端に不相応なほどに多額とはいえないこと、本件貸付は本件不動産売買の買付け資金の融資目的であり、それ自体は何ら非難されるべきものではなく、被告富士銀行は、当時の貸付額を超える時価を有していた本件不動産を担保に取るなど、一定の債権確保措置を講じていること、Mの本件融資の勧誘行為は積極的かつかなり執拗に行われたものであったと推察されるが、ことさら虚偽の情報を提供するなどそれ自体社会的に是認できない行為であったとまではいえないこと、原告らが本件貸金の返済が困難な事態に陥ったのは、本件不動産購入後の不動産市況における価格の下落という社会、経済的要因によるところが大きいものとみられること、被告富士銀行の本件貸付金の債権管理に特段問題とすべき事情は存しないことなどの諸事情が認められ、これらに照らすと、本件において、被告富士銀行が原告らに対し、本件貸金の返還請求を行うことが著しく信義則に反するような特段の事情が存するものということはできず、被告らの本件貸付金の請求が権利の濫用に当たるとは到底いえない。
4 よって、原告らの再抗弁1は理由がない。
三 次に、再抗弁2について判断する。
1 原告らは、被告富士銀行が、本件貸付にあたり、原告らとの間で、原告らの本件借入金の返済が不能となった場合には、被告富士銀行が本件不動産の売却の斡旋又は仲介をし、返済不能の債務額に見合った価額での処分を実現し、その代金をもって原告らの借入金の清算を行うという特約をしたと主張するが(再抗弁2(一))、右特約を認めるに足りる証拠はない。
2 すなわち、当時、Mは、原告Nに対し、返済があぶなくなった場合は、売却すればよい、その場合は、全面的に協力する旨を申し述べた事実が認められることは、前記二1認定のとおりであるが、これは、一介の銀行員が特段の権限に基づかず、書面も作成せずに述べた勧誘文言であり、その状況は原告Nも十分承知していたものと推認されるから、一種のセールストークというべきであり、被告富士銀行が法的に本件不動産の売却義務、返済不能の債務額に見合った価額での処分義務、その代金をもって原告らの借入金の清算を行う義務を負担するという意味での法的な効果を意図した発言でないことは、明らかというべきである。
3 <証拠略>中、再抗弁2(一)に沿う原告N本人の供述は、にわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
4 よって、原告らの再抗弁2は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
四 さらに、原告らは、原告らの被告らに対する債務が本件不動産の評価額に限定され、原告らは、被告らに対し、それ以上の債務を弁済する法的義務はないと主張するが(再抗弁3)、右主張は、原告らの本件貸金債務の範囲が本件不動産の評価額に限定される法的根拠が必ずしも明らかではなく、原告ら独自の見解といわざるを得ない。のみならず、被告富士銀行は、本件不動産の当時の時価の範囲内の融資を行ったのであるから、本件において担保物の評価を誤ったということもできない(不動産の価格が昨今のように下落することを被告富士銀行が予測していたことを認めるに足りる証拠はない。)。したがって、原告の右主張も採用することができない。
五 以上によれば、原告らの本件請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。